急激な日焼けでダウン 


紫外線は危険!を身をもって知るツーリング


1988年 下道で静岡県の森までツーリング


日本中、お盆休み。アルバイト先もお休みの週。

教会の先輩である太田さんの実家を訪ねる。他の関係者はみな車で出かけていたが、自分だけバイクで一人旅させてもらう。

朝7時に家を出発し、ひたすら246を西へ走る。厚木に出て、小田原厚木道路で、さらに西へ。

やがて製紙工場のにおいがすごい地帯を過ぎ、静岡へ。

静岡から、そのまま行けば近いのだが、やっぱりどうせなら山のワインディグロードを走りたいので、ここからいきなり北上。

どんどん山道にはいっていく。



中川根など、お茶の名産地を走る。山林と茶畑ばかり。

道が細くて、あまり案内板も書いてないので迷う。しかし道を聞く人もいない。

2時に森町まで南下してきた。森までくると、やっと人里に下りてきたという感じ。

ツーリングとしては、ここまでが楽しかった部分。





問題はここからの行動。

翌日、太田家の人々と、うちの教会の牧師とで、静岡の海へ釣りにでかける。

ものすごい好天で、牧師が短パン一丁になって防波堤で釣りをしていた。なるほど気持ちよさそうだと真似をした。

これが失敗の原因だった。



太田家にもどってから、釣ってきた魚を焼いて夕食。そのうちなぜか顔が火照る。

よくみたら自分の全身が火照っていた。まるで赤鬼状態。

いつも専門学校とアルバイトばかりで日光なんて全然当たらない人間が、いきなり防波堤で一日中裸で釣りをしたものだからたいへん。

強烈な紫外線を長時間浴び続けたので、被爆したような状態になってしまった。体中のビタミンが破壊されつくしたのか。



息をするのもつらい。夜中も熱がでて、風呂で水を浴びて体温を覚ます。

牧師夫妻に、夜中も赤鬼状態の背中に薬を塗ってもらってハーハーゼーゼーと眠れず。

次の日もどこにも行けずに、太田家で一日中寝ていた。



花火の音がこたえる。

そのうち、夜になったら森町のお祭で花火が始まった。どうも近くで花火を上げているらしく、ドーン、ドーンとかなり強烈な音がする。

そのたびに低音の振動が体にこたえる。

うっ、うっ とうなってしまう。音と振動が非常につらい。1時間くらいつらかった。



翌日は帰らなければならない。体も少しは回復した。ふらふらでバイクにまたがることはできる。

そのまま1号線を東へ東へと、なにも考えずに東京を目指す。

雨が降り始める。ブーツがグシャグシャにぬれる。しかしいつの間にか沼津あたりでまた天気になる。

渋滞のあっつい湘南を走りぬいて、家に帰ったら倒れこんだ。背中はものすごい真っ赤。



次の日もアルバイトがあり、板金工場の永岡製作所で働いたが、ほんとにつらかった。歩くのもやっと。

服がこすれると体全体が痛い。



よく、日焼けするとガンになるといわれるけど、ほんとにそう思った。

それ以来、無謀な日焼けは避けてます。





トップへ
トップへ
戻る
戻る